50代前後からの人生は予測不能だけれど、必ず結果はついてくる

こんにちは。 東京・吉祥寺にて、50代女性に向け「自分を知り、自分を慈しむ装いをご提案する自宅サロン」アンドレアを主宰しております、松前恵美子です。


私は、ブログやSNSにお客様のビフォアアフターを出さない、と決めているので

投稿内容は、いつも精神論みたいになってしまいますが、ご容赦ください。

お写真は出しませんが、実はブログの内容はすべてお客様からヒントを頂いています。

ただし、すぐに記事にするのではなく、わりと熟成させます。

特に熟成させて自分の中に落とし込むことと、

お客様との、その後のやり取りの中で、「うん、これで間違ってはいないな」と思えたことだけを記事にしているので

時々投稿の間隔が空くこともご容赦ください。

 

今日はそんな日々の中で、お客様だけでなく、

私自身も感じた事を書き留めておこうと思います。

それは、

「50代前後からの人生は予測不能だけれど、必ず結果はついてくる」ということです。

 
「人生に無駄なことは一つもない」とはよく言いますし、実際私もそう思っていますし、ブログに書いたこともありました。

でも、最近になってもっと強く確かな事として

「人生は予測不能だけど結果は必然だ」と感じるようになりました。

今日はそんなお話を、お客様のお話ではなく私自身のお話としてご紹介します。

半年先のことを予測できるか?

答えはNOです。

明日の事すら予測できないと思っています。

これは50代の今だからこそ感じます。

若い時は、学校制度の中で或る程度決まったルートに沿って人生が流れます。

入学・部活・卒業・受験・就職…

もしどこかで人とは違うルートを選択していく場合は、

それもその方にとっては必然で、遠回りかもしれなくても、必要だから起こることだと思うのです。

でも、そういったルートの無い人生の流れに一旦入ると、全てが自分の選択に委ねられてしまいます。

誰と(何と)出会って、何をするのか。

その出会いをスルーするのか、立ち止まるのか。

人だけでなく、仕事や遊びですら選択の連続になります。

そうすると、半年先の自分ですら予測できなくなります。

 

例えばコロナもそうですよね。

誰が、ある日突然、学校も職場も映画館も劇場も百貨店もクローズするなどと予測できたでしょう。

ZOOM飲み会がスタンダードになるなんて、誰が予測したでしょう!

予測通りの生き方は出来ないもの、と考える

身近な家族の変化も、大抵は予測不可能な領域で押し寄せます。

例えば子供

子育ての経験がある方は、共感して下さるかと思うのですが。

子供は親の思う通りには生きません。

小学校・中学校受験くらいまでは親の思う通りにいくかもしれませんが

その後は、成長するにつれ、こちらの想像の枠を超えて羽ばたいていきます。

受験、就職もそうですし、恋愛、結婚もそうでしょう。

それを「自分(親)の範疇外だから」と止めようとしても、親子関係にヒビが入るだけです。

 

もちろん、親として言うべきことは、たとえ嫌われても反抗されても、

家を離れるまでは、逃げずに伝えてきました。

それは本当の意味での「躾」だと考えます。

親に出来ることは、伝えるべくは伝えた上で全て受け容れ、こちらも努力し信頼関係を築くこと。

私利私欲を飲み込み、誉め、叱り、抱き締めたり、背中をさすりながら、

ちょっと離れた所から見守り、精神的に寄り添うだけです。

こちらに無理強いや非があれば、子供に対してきちんと謝ること。

それさえ出来ていれば、何かあった時にはすぐ相談してくれるし、何か良くないサインが発せられたときにも直ちに気付けます。

親である私自身の希望や理想、そして「こうあるべき。こうあって欲しい。」を押し付けても、

どこかに(ほとんどが子供の内面に)歪みや皺寄せがいってしまうだけです。

予測した通りにならない時こそ、親としての胆力が試される気がします。

これは親としてだけではなく、人間としてもそうですね。

 

ちなみに、親の「子に対する押しつけ」って、声高に脅迫するだけじゃないんですよ。

すぐ「ママを悲しませないで。」って泣いたり、

「あなたならママのこと分かってくれるわよね。」と笑顔で子に迫るのも

立派な押し付けになります。気をつけましょう(>_<)

例えば親

親の介護にしても、

これは声を大にして言いたいのですが(笑)

親は突然倒れます。

「4か月先のこの日に、転んで入院するからね。」なんて前以て教えてはくれません。

本当にある日突然転んだり、お風呂の中で意識を失ったり、激痛に悶えだしたりで救急車を呼ぶことになり

その日その時からの予定は全てひっくり返ります。

全て私自身経験済みです。

私はひとりっ子で逃げることは出来ませんでしたので、最初は懸命にやりました。

でも、やればやるほど、親にしてみれば「自分の尊厳が奪われていく」と感じ、心の中に歪みや皺寄せがいってしまったのでしょう。

とうとうある日(父が私に)大爆発しました。

そこから、自分と親の距離感を見直し、ケアマネさんとも何度も話し合い、

お互いストレスを感じない生活が送れるようになりました。

自分の思い通りには事は進まない

このように、子育てや親との関りにおいて、

自分の思い通りには事は進まないと痛感し学びました。

 

それは決して悪い事では無いです。

一見悪い事と思えても、結果的に自分にとって糧となることの方が圧倒的に多いです。

思い通りにならなくても、諦めて投げ出すのではなく、

自分の希望や願いはちゃんと言葉で伝えるようになりました。

言葉遣いや、話すタイミングを考慮して、対親子ではなく、対人間同士として伝えます。

それは、鍛錬に近い修行のような事ですし、今もなお完璧にそう出来ているわけではありませんが、

意識するだけでも進歩だと、自分を励ましています。

だからこそ、今「誰かの悩みや迷い」をじっくり伺い、先ずはどうなさりたいのか、をちゃんと伺い

アドバイスシートという「見える形」にすることが出来るようになりました。

選択したことはちゃんと結果を連れてくる

もう少し言うと、

どの道を選択したとしても、辿り着く結果は自分の最良で糧となる、ということも感じています。

大前提として、物事に真っすぐ向き合い、自分を投げ出さず、諦めず、希望を捨てない。

という姿勢は持っていた方が良いですが。

【私の選択】

  • 親の呪縛から離れ「音楽」に拘らない仕事を始めたこと
  • 50歳を過ぎてから、自分の悩みを解決するため「外見を変える」勉強を始めたこと
  • 親のサポートと両立できるので自宅サロンを始めたこと
  • あまりにも他人に尽くし過ぎてしまう生き方・働き方は手放そうと決めたこと
  • 「外見を変える」ための「トレンド・ファッション」に興味がなくなった自分を認めたこと
  • 現状(コロナ禍)に不満や不快を言うだけでなく、生活を改善する行動をしたこと。

 

こうやって箇条書きにすると、私の人生は45歳くらいから新たに始まっているなぁ、と感慨深いです。

このように、私の場合は、自分を認め行動することによって、

3つのファッション診断結果を理解したうえで、何物(者)にも縛られない「自分が好きな」装いを選べるようになりました。

その理由は、自分の行動を俯瞰して見ることで、内面にある「自分の本質」に気付けたからです。

外見は内面の一番外側、とも言われているのをご存知でしょうか。

正にその言葉を身をもって体感出来ました。

 

正直に言いますと、本当の意味でそうなれたのは、昨年の秋からです。まだホヤホヤです。

これから、また生活が変化すれば、私の装いはおのずと変わってくるかもしれません。

それはそれでとても楽しみです。

結果とは

こうして色々な選択をしてきましたが、

これらをその度に真摯に受け止め向き合っていると、結果はついてくると感じます。

始めに自分が思った通りの結果ではないかもしれないけれど、

それはそれで悪くない、と思えれば幸せだと思います。

 

では、私が「思っていた結果」とは何でしょう?
それは、自分のように、加齢による変化で外見に悩むことなく素敵になれて輝ける女性を、自分も輝きながら応援したい、という事でした。
 
でも、それを目標に据え勉強し協会に所属して活動し始めて、わりと直ぐに、
違和感というか「素敵になる」とか「輝く」ことが第1義ではないと感じるようになりました。
そういった外側の華やかさから入るのではなく、
自分の人生において「ストレスなく」自分を表現する外見を見つけたい。
その思いの方がどんどん強くなりました。
人によって、
  • 派手な方がストレスがかかるタイプもいます。
  • 年齢=年輪が透けるようなメイクを好む人もいます。
  • 華やかでトレンド感のある服を毎シーズン買い足すよりも、オーソドックスで大切に着続けられる服を探したい人もいます。
  • 「自分を輝かせよう!」「自分の好きなことだけしよう!」だけではなく、その時々で押したり引いたりできる人になりたい人もいます。
  • 理想像はスカーレット・オハラではなくてメラニーの方、みたいな人もいます。
はい。すべて私自身の事です。
華やかな世界に身を置いたことで、かえって本当に自分が望む自分に気付くことが出来ました。
 
これが私の今現在の「結果」です。
「思っていた結果」とは真逆かもしれません。
そして、これが正しい、とも思っていません。
「こんなアドバイザーがいても良いんじゃない?」くらいに思っていただければ幸いです。

下記の図は、昨年の秋頃に、内面にある「自分の本質」に気付いた時にやっと形になった

私が思う内面と外見の相関図です。

図の左にある「生活のベース」は、ある意味予測不能な領域です。

でもその他のカテゴリーは全て自分で決められます。

この発見は、とても私自身を楽にしてくれました。

だからこそ50代の女性達に伝えたい

思い通りにならない人生を送ってきたからこそ、

これからは自分の内面も外見も、ストレスなく楽しんで生きてほしい。

そして、華やかになる事や若見えするだけがゴールではないこともお伝えしていきたい。

見える変化は小さいかもしれないけれど、ご自分の満足度が大きければ
その小さい変化は、自分にとっては応用可能な無限大の財産になります。

是非そのお手伝いをさせてください。

おわりに

今日は、50歳前後に色々な変化を経て、私を見つけて来て下さる方が多いので

私なりの思いを書いてみました。

50代前後からの人生は予測不能だけれど、必ず結果はついてきます。

その結果を見つける一助に、アンドレアがお手伝いできれば嬉しいです。 

 

冒頭に、お客様のビフォアアフターを出さない、と決めていると書きましたが

お客様を宣伝に使いたくない、という思いの他にも

現在HPに掲載させて頂いているBefore/Afterの皆様は、サロンを始めた頃来て下さった方のうち、変化が見えやすい結果になった方々で掲載を快諾して下さった方のみとなっております。

私が目指す「自分の内面も外見もストレスなく楽しんで生きてほしい。」という願いの結集であるアフターは、

決して大きな変化にはならないことが多いという事も、理由の一つに挙げられます。

ただ、サロンを始めた当初は、外見が変わることも重視していましたので、

私の「メイクによる変化」に対する姿勢や考え方を見て頂くページとして、公開しております。

よろしかったらご覧くださいませ。

before/Afterはこちらから


今日もお読みいただき、ありがとうございました。

最新情報をチェックしよう!