サロン名「アンドレア」の由来

こんにちは。

東京・吉祥寺にて、50代女性に向け「内面と外見がマッチする装いをご提案する自宅サロン」アンドレアを主宰しております、松前恵美子です。


今日の記事では、時々ご質問を受けますので、

サロン名を「アンドレア Andrea」に決めた理由をご紹介したいと思います。

サロン名はとても大事だと思ったので、開業を決めてからいろいろ考えました…

そんなある日、夢に愛犬チャッピーが出てきたのです。

今日はチャッピーとの思い出をご紹介しつつ

サロン名を決めたお話をしたいと思います。

お読みいただければ幸いです。

チャッピーとの出会い

チャッピーが我が家に仲間入りしたのは、2000年11月19日。前月10月3日生まれです。

当時小3と年中さんだった息子達の熱望に押され、子犬を飼うことに決めたのです。

当時親子でよく遊びに行っていたペットショップの方にご相談し、

マルチーズを迎えることに決め、ブリーダーさんを紹介していただきました。

子犬が産まれ、2匹のうちどちらかで良ければ会えると聞き、子供たちを連れ会いに行きました。

そのうちの、明るくてピョンピョン跳ねて屈託のない様子だったのがチャッピーです。

我が家は男の子2人で騒がしい賑やかでしたので、

元気の良い明るい性格の子が良いだろう、とのお勧めもありました。

はじめて我が家にやってきた日の写真です。手のひらサイズの可愛らしさでした!

バイクやトラックの音が怖くて道路を歩くのが苦手でしたので、

お散歩は自転車のカゴに乗って近くの公園に行きました。

いつも誰かに触れていたい子でした。特に足の甲が大好き(笑)

もちろん膝の上も大好き。

これは息子たちが受験勉強中の一コマ。

勉強で大変な時は遊んでもらえないので、膝にしがみついたり肘に顎を乗せたりして甘えていました。

甘えられると、その絹糸のような手触りにこちらもフワリと癒され、

かえって和ませてもらったものです。

チャッピーとの別れ

2016年5月19日の朝、15歳7か月で逝きました。

チャッピーは健康な子でしたが、亡くなる1年前から心臓発作を時々起こすようになり、

ニトロ等々薬が欠かせなくなりました。

その頃は、目も見えていなくて耳も聞こえていませんでしたが、

かえって、怖いものを見なくてすみ怖いものを聞かなくてすむので、とても穏やかな様子で暮らしていました。

いつもこうやって定位置から、見えない目で私の方を見ていてくれました。

※この頃は脚力も衰え、このように立っていても自力で支えられなくなっていました。もうトリマーさんに預かってもらえなくなり、私がカットや手入れをしていました。そんなことも良い思い出です。

でも年が明けてからは、ひどい発作が毎日起こるようになり、食欲もなくなってきて痩せ細っていきました。

獣医さんのご指導の下いろいろ対応しましたが、

3月末に、何処がどう悪くなっているのか徹底的に調べて頂いたところ、

「異常がないのは膀胱だけ」とわかり、獣医さんのご助言を加味し、

考えに考え「無理な治療はせず、チャッピーが毎日を穏やかに過ごせることに集中しよう」と決めました。

悲しかったけれど、起こる発作がだんだんひどくなるのを見ていたので、迷いはありませんでした。

そして5月に入り、水を飲むのも苦しそうになり、

私が噛み砕いたリンゴを私の手から食べるのみとなりました。

亡くなる4日前にはリンゴすら食べられなくなり、

獣医さんからも、あと数日か1週間か…とのお見立てとなりました。


当時私は、表参道のとあるPR会社で週に3~4日アルバイトをしていました。

犬の為に休むなど許されるかは分かりませんでしたが、

アルバイトとしてやるべき仕事をして週後半はお休みをいただこうと、

溜まっていた仕事をやり終える為に、18日水曜日に10時から19時まで会社に行きました。

途中何回か、階下に住む父が見に来てくれると約束してくれ、電話で様子を知らせてもくれました。

そして、数日は看病に専念できるよう

買い物に出なくても済むようにスーパーで買いこみ、20時ごろ帰宅しました。

今思えば、10時間も留守にするなど、ひどい事をしてしまいました。飼い主失格です…。

帰宅したら…

水飲みのあるキッチンで、チャッピーが倒れていました。

私は気が動転してしまいよく覚えていないのですが、

たぶん息をしていなかったと思います。

発作を起こしたようで下半身に便が付いており

「こんな姿で逝かせてはいけない!なんとかもう1度だけでも目を開けて欲しい!!」との一心で、

自分が着替えるのも忘れシャンプーをしてやりました。

ずっと泣きながら大きな声でチャッピーの名を呼びかけ続けていました。

必死でした。

その時、私がしていたコットンパールのロングネックレスが、突然パッと切れて飛び散ったのです。

と、同時にチャッピーが、ゲホッと咳をして息を吹き返しました。

スピリチュアルは、あまり信じていないのですが、
この時だけはビックリして信じました。本当に不思議な一瞬でした。

ふんわり綺麗になり、

リンゴも少し口にしヨロヨロ歩くまでに様子が戻り、

やっと人心地がつきました。

本当に可哀想なことをしました。

いくら仕事とはいえ、なぜ10時から10時間も不在にしてしまったのか。

その晩、いつもは自分のハウスでひとりで眠るチャッピーが、

なぜだか私の布団に入ってきて腕枕でスヤスヤ寝たり、

急に目覚めてペロペロ私の顔をなめたり…

そうやって朝を迎え、もう片時も離れないつもりでいたのですが。

家事を終え、ひと息ついた朝8時頃に、

私の膝の上にやってきて、30分くらい甘えているうちに最後となる発作を起こしました。

そしていったん発作が収まったのち、私の腕の中で静かに息をひきとりました。

息子たちは多忙な時期で帰ってこられないと言ったので、

その日のうちに荼毘に付し、

遺骨の一部を3つ(自宅用・息子達用)に分けてもらいました。

今は深大寺の動物霊園に眠っています。

深大寺本堂と神代植物公園の間に位置する、静かな中にも常に人通りの絶えない良い場所です。

今考えると、チャッピーは、

私が10時間も離れてしまい、看取れなかったことで、

後悔に苛まされるだろうとわかっていたのだと思います。

そして、15年と7か月の最期を、お互いに穏やかな気持ちで「その時」を迎えられるように、

仕切り直してくれたんだな、と、そんな風に思っています。

きっと身代わりにネックレスが切れてくれたのでしょう。


いつも明るく、甘え上手で、私たちに笑顔をくれる子でした。

家族の中で一番つらい人のそばに寄っていき、優しく寄り添える子でした。

かけがえのない出会いだったと思っています。

夢からもらったひらめき

チャッピーが亡くなり、時間が出来た私は、

予てより興味のあった、このお仕事の勉強を始め、年明けにサロンの開業を目指しました。

冒頭にご紹介した通り、サロン名を決めかねていた11月末のこと。

亡くなって初めてチャッピーが夢に出てきてくれました。

夢の中では、生前と同じように私にのしかかり顔をペロペロして遊んでいました。

翌朝起きて、遺影を眺めてる時に

「そうだ チャッピーの血統書の名前から決めるのはどうかな 」と、ひらめいたのです。

チャッピーの血統書正式名称は

アンドリュー オブ ブルー アイランド ファーム
ANDREW OF BLUE ISLAND FARM

どこかの王子様のような名前です ^^

その中のアンドリュー ANDREWを女性名詞にしたのが、アンドレア Andrea なのです。

ひらめいた途端、もうこれ以外の名前は思いつきませんでした。

そして、この夜以来、一度も夢に出てきてはくれません。

また何か伝え事が出来たら現れてくれるのではないかな、と楽しみにしている私です。

終わりに~チャッピーのように~

このように、サロンの名前は、亡くなった愛犬の名前から発想を得ました。

大切にしたいサロン名です。

チャッピーは皆に愛され、皆を笑顔にしてくれる、太陽のような子でした。

私のサロンもそんな場所になれますように、私自身も皆様にとって太陽でいられますように

との願いを込めたサロン名です。

どうぞよろしくお願い致します。

お読みいただきありがとうございました。

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